出典:IMDb/(C)Lilies Films.
18世紀、肖像画が流行し多くの女性画家が活躍しました。
にもかかわらず、その名が美術史に残っている女性画家はわずかです。
セリーヌ・シアマ監督は「燃ゆる女の肖像」にて自由奔放に生きることを望んだ歴史に埋もれた女性たちを描いています。
「当時は女性たちの欲求が禁じられていたとしても、好奇心旺盛で恋愛することを望んでいたという事実は現在と変わりません。私は、彼女たちの友情や問いかけ、ユーモア、そして走ることへの情熱に報いたかった」
映画『燃ゆる女の肖像』公式サイトより引用
監督はマリアンヌという実在しない女性画家を主人公にすることで、その時代のすべての女性に思いを巡らせられるようにしています。
マリアンヌとの道ならぬ恋に落ちるエロイーズは、最初から監督がキャストのアデル・エネルを想定して脚本が書かれています。
「燃ゆる女の肖像」は第72回カンヌ国際映画祭において、LGBTやクィアをテーマとした映画に贈られるクィア・パルムを受賞しています。
対等な関係のラブストーリー
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
「燃ゆる女の肖像」に登場する人物は対等な関係で描かれています。
- 社会的地位とは関係のない恋愛
- 使用人との友情
- 身分の高い伯爵夫人とも率直に話し合う
「燃ゆる女の肖像」は基本的に女性しか出てきません。
舞台は孤島です。
映画の中の孤島にある伯爵夫人の屋敷で過ごす時間は、ある意味男社会から隔絶された時間が流れています。
その時間の中で描かれる人間関係だからこそ、主人公マリアンヌと伯爵夫人の娘エロイーズとの純粋な愛の物語になっていると感じます。
シアマ監督が描きたかったものを的確に伝える表現力のすごさに淡々と映画に集中してしまいました。
アデル・エネルの新境地とノエミ・メルランの存在感
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
「燃ゆる女の肖像」は登場人物の視線や表情をとても大切にしている作品です。
エロイーズ役のアデルは次のように答えています。
役作りにあたって、エロイーズの3つのフェーズを考えました。・・・同じ映画の中で、ひとりの人物の変化を演じることはとても興味深かったですね。
【単独インタビュー】『燃ゆる女の肖像』主演アデル・エネルが語る、”生きた芸術”を作ることより引用
シアマ監督は最初からアデル・エネルをイメージしてエロイーズを脚本にしています。
実際に映画を観ても、エロイーズの人間としての変化はすごく伝わってきました。
アデルがそこまで考えて役に臨んでいたことを知ると納得です。
エロイーズの相手役ともいえる女性画家マリアンヌを演じたのはノエミ・メルランです。
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
ノエミはインタビューにて劇中の堂々としたマリアンヌのイメージとは少し違ったことを答えています。
私は初対面の人と話ができるようになるまでに、少し時間がかかる方なので、最初は相手のことをよく観察するのですが、今回はマリアンヌとしてアデルの一挙一動を目で追っていました(笑)。
『燃ゆる女の肖像』ノエミ・メルランインタビューより引用
マリアンヌには伯爵夫人にも思ったことを率直に話す大胆さがありながらも、エロイーズに抱く感情に動揺する繊細さもあります。
この役の雰囲気がノエミの役作りからきていることがわかります。
ノエミとアデルが演じるマリアンヌとエロイーズにはとても存在感を感じました。
当時のままの城と手作りの衣装
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
物語のメインの舞台である伯爵夫人の屋敷は、床や壁などが当時のままの城が使われています。
そのおかげで登場人物ごとの衣装はすべて手作りというこだわりです。
映画を観ただけだと、伯爵夫人の衣服は高級っぽく、画家のマリアンヌの衣服は質素だというくらいにしか違いはわかりません。
しかしシアマ監督は、衣装デザイナーのドロテ・ギローとたくさんのこだわりを衣装に込めています。
社会的地位の違い、衣装を着た女優たちの演技。
それらを表現するために生地はもちろん、裁断方法にまでこだわっています。
SNSで見つけた19世紀の女性画家
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
映画に登場するエロイーズの肖像画は、実際に現代画のアーティストが描いたものです。
女性画家に絞って、インスタグラムなどで現代画をリサーチする中で、シアマ監督はエレーヌ・デルメールという画家を見つける。
映画『燃ゆる女の肖像』公式サイトより引用
マリアンヌがエロイーズに隠して描いた1枚目の肖像画は、エロイーズに気に入ってもらえませんでした。
これは観ていて意味がわかりませんでした。
しかしマリアンヌが描いた2枚目の肖像画を観て思わずうなずきました。
観客としての、この感情の変化のプロセスを実現できたのは実際のアーティストが描いたものであったからなのだと納得しました。
エレーヌ・デルメールは劇中のマリアンヌと同じ30歳で19世紀の画法にも詳しい、という奇跡のような人材です。
シアマ監督がエレーヌ・デルメールを見つけ出したことも「燃ゆる女の肖像」が女性画家を通した映画として実現できた理由の1つだと思います。
劇中で使われた音楽はたったの2曲
出典:IMDb/(C)Lilies Films.
「燃ゆる女の肖像」で使われている音楽はたったの2曲です。
- ヴィヴァルディ協奏曲第2番ト短調 RV 315「夏」
- オリジナル歌曲「LaJeune Fille en Feu」(直訳:ガール・オン・ファイア)
ヴィヴァルディの「夏」はマリアンヌとエロイーズの関係が変わるきっかけとして登場し、最後にはオーケストラによる大迫力の演奏で登場します。
オリジナルの「LaJeune Fille en Feu」は、集まった女性たちが焚き火を囲んで歌い、二人の距離が一気に縮む印象的な曲です。
映画にはこの2曲しか登場していないそうですが、実際に映画を観ていてもそのことには全く気が付きませんでした。
雨音や波の音、風の音など自然の音が多く盛り込まれています。
何より登場人物の会話に自然と集中させられ、逆に音楽の登場が印象的になるように構成されていると感じます。
18世紀にももちろん音楽はありましたが、住む場所や身分によっては簡単に触れることができなかったようです。
それだけにアートには人のたくさんの感情が込められていることを監督は伝えようとしています。
「美術や文学や音楽などのアートこそが、私たちの感情を完全に解放してくれることを描きました」
映画『燃ゆる女の肖像』公式サイトより引用
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