トム・クルーズは8回飛んだ──『ローグ・ネイション』“実写飛行機スタント”完全解剖

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の冒頭、トム・クルーズが霧の中でA400M輸送機に向かって歩くシネマティックなシーンのイラスト

凍えるような寒さのイングランド、ピーターバラのウィッタリング空軍基地──スーツ姿のトム・クルーズが、灰色の軍用輸送機A400Mに歩み寄っていた。『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)で行われた「離陸する飛行機の側面にしがみつくイーサン・ハント」という信じられないスタントを撮影するためだ。

グリーンバックもCGも使わず、クルーズ本人が命綱一本で本当に飛んだ。しかも一度ではない。8回のテイクを経て完成した、この伝説的シーンの全貌に迫る。

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なぜ実写スタントにこだわったのか?

『ミッション:インポッシブル』シリーズは、数あるアクション映画の中でもリアルさへのこだわりが群を抜いている。

だが、なぜここまで実写にこだわったのか?監督のクリストファー・マッカリーはストーリーテリングの本質をこう語っている。

it it all comes down to character and story first uh that’s that’s the thing that gives it to heart and soul of the movie and that that really has to take the front seat good then the action you just put Tom in the movie he will bring it
[結局はキャラクターとストーリーにかかっています。それが映画の心と魂を形作るものであり、それが最前線に立つ必要があります。そしてアクションです。トムを映画に登場させれば、彼はそれをもたらすでしょう。]

Mission: Impossible Rogue Nation – #AskMissionImpossible Cast Q&A – YouTubeより引用

つまり、アクションは物語に奉仕すべきであり、その中でリアルな体験を届けることが観客の心をつかむ──という哲学だ。そしてそのリアルを成立させる鍵となるのが、トム・クルーズ本人である。

トムもまたこう語っている。

when audiences see it I want to transport them I’m want to bring them to these places
[観客がそれを見たとき、私は彼らをこれらの場所に連れて行きたいのです]

Mission Impossible 5: Rogue Nation Official Interview – Tom Cruise – YouTubeより引用

そのために、CGではなく本物の飛行機、本物の環境、本物の恐怖を使う。観客に本当に起きていると信じさせることこそ、彼らにとっての最大のリアリズムなのだ。

この哲学が、やがて「A400Mという巨大な軍用輸送機に、俳優本人がしがみついたまま離陸する」という前代未聞のプランへと結実する。次のセクションでは、その構想がどのようにして実現へ向かったのかを追っていこう。

撮影実現までの3ステップ

マッカリー監督とトム・クルーズが模型飛行機を前にスタントのアイデアを語り合う様子を描いたイラスト

アイデア誕生──「飛行機にしがみついたらどうだ?」

離陸した飛行機の側面にしがみつくという前代未聞のスタントは、最初から明確に計画されていたわけではなかった。

I had made a joke to Tom looking at a model of that plane and said what if that took off with you on the side of it
[私はトムにその飛行機の模型を見ながら冗談を言って「もしあなたが横に乗って飛び立ったらどうなるか」と言った。]

Mission Impossible 5: Rogue Nation Interview – Christopher McQuarrie – YouTubeより引用

このマッカリー監督の冗談のような提案に、トム・クルーズは「いいね」と即答。撮影で使用された機体「エアバスA400M」はまだどの顧客にも提供されたことのない機体だった。そのためカメラを取り付けての撮影などされたことはなく、すべてが挑戦となるものだった。

次のセクションでは、この不可能にも思える計画をどうやって安全に、かつ確実に実行に移したのか。特製のコンタクトレンズや安全装備、風圧との戦いなど、現場を支えた技術的な工夫に迫る。

安全テストと特製コンタクトレンズ──風圧とゴミとの戦い

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の飛行機スタントで、トム・クルーズが命綱で機体に固定され、特製コンタクトで目を保護しているシーンのイラスト

トム・クルーズと航空機をつなぐ安全装置は細いワイヤー1本だけだった。だが監督のクリストファー・マッカリーは、意外にも「落下の危険よりも別のリスク」を心配していた。

It was the debris on the runway and potential bird strikes that made me worry about him being torn off of the plane rather than falling.
[滑走路上の残骸と鳥との衝突の可能性のせいで、私は彼が落ちるのではなく、飛行機から引きずり落とされるのではないかと心配した。]

Interview: Director Christopher McQuarrie talks ‘Rogue Nation’ – DirectConversations.comより引用

機体の翼の上に発生する空気の流れにより多少トムは守られていたものの、撮影前には滑走路を徹底して掃除したそう。

またトムの目を保護するため、特殊な分厚いコンタクトレンズを装着しており、エンジンがかかるとトムにはほぼ何も聞こえていないのと同じ状況になる。視覚と聴覚をほぼ奪われた状態で行われていた。

カメラ開発とワイヤーリグ──「トムを撮るための飛行機改造」

機体の外側にしがみつくトム・クルーズを撮影するためには、カメラももちろん外側に取り付ける必要がある。撮影監督のロバート・エルスウィットは、カメラを装着するために必要なパーツを製作したと語っている。

a truss device was built to attach to the plane an ARRI 35mm film camera with a Panavision anamorphic zoom
[パナビジョンアナモルフィックズームを備えたARRI 35mmフィルムカメラを飛行機に取り付けるためのトラス装置が作られた。]

‘Mission Impossible’ Plane Stunt From Tom Cruise Detailed byより引用

引きの映像を撮影するためにA400と並走してヘリコプターでの撮影も行われ、A400に付けられたカメラやトムをつなぐワイヤーはVFXにより消去されている。

当日の現場──8テイクのカウントダウン

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の撮影で、トム・クルーズがA400M輸送機の外側にしがみつきながら飛行する決定的瞬間を描いたイラスト

1回でも信じられないが、このショットのために8テイクも撮影を重ねたとトム・クルーズが明かしている。撮影1回目で、エンジンが始動し期待が動き出したとき「これはあまりいい考えではないかもしれないと思った」と冗談めかしたが、クルーズはやってのけた。

摂氏0度まで下がることもある冬のイングランドで撮影は行われ、ジェットエンジンの排気が顔に吹き付け、1000フィートごとに気温は2℃下がるとされており(少なくとも1000フィートは上昇していた)過酷な撮影だったことがわかる。

監督が冒頭に置いた理由

トム・クルーズが飛行中の機体にしがみついている映像は、パパラッチにより制作側が意図していたよりも早くに広まってしまった。これは結果的に『ローグ・ネイション』にとってもエアバス社にとっても大きな宣伝になった。

そこでマッカリー監督は、このシーンを中盤でも最後でもなく冒頭にもってくることで観客に新鮮な気持ちでみてもらえて、あっと驚かせることができると考えた。

トム・クルーズのスタント哲学

トム・クルーズは、どんなに危険なスタントに見えても、それを越えるべき壁と見なす。それは、イーサン・ハントというキャラクターを鍛え、同時に観客へリアルなエンターテインメントを届ける手段でもあるのだ。