
『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)では、ショーン・ハリス演じるソロモン・レーンが、鮮烈な印象でトム・クルーズ演じるイーサン・ハントの敵として登場する。
ソロモン・レーン率いるシンジケートから感じる恐怖の理由は、序盤のレコード屋でのシーンに詰まっている。なぜならこれまで無敵に感じていたイーサンがなすすべなくソロモン・レーンの手におちてしまうからだ。
序盤シーンの解剖──レコード店に仕掛けられた罠
エアバスA400Mにイーサンがしがみついていたかと思ったのもつかの間、場面はレコードショップへと切り替わり若い女性店員との会話が繰り広げられる。
わずかな時間ながらもイーサンと交わす会話の様子から女性の聡明さがうかがい知れる。そう彼女はIMFロンドン支部担当のエージェントだったのだ。これまでのイーサンの伝説を信じられない様子で話す彼女との会話もそこそこに、イーサンは試聴室に入り、いつも通りIMFからの指令を受け取る。
しかしそのメッセージはいまだ全容をつかむことができていないテロ組織〈シンジケート〉およびそのリーダー、ソロモン・レーンからのものだった。気づいた時には試聴室はロックされており催眠ガスが充満していくなか、イーサンは女性エージェントがソロモン・レーンの手にかかる姿を見ることしかできなかった。
名もなきエージェントの死が伝える、レーンの本質

この序盤のシーンにはソロモン・レーンの恐ろしさが詰まっている。
冒頭の航空機の側面にしがみつくというスタントを目撃している観客は「いつものイーサン・ハントが帰ってきた!」と完全に思わされている。そしてわずかな登場時間ながらもすでに愛着をもってしまう若き女性エージェントとの会話。そのエージェントがなすすべなくイーサンの目の前で殺されてしまう。
IMFはイーサンと衝突することはあれど、Impossible Missions Force「不可能任務実行部隊」というだけあり、これまでのシリーズでその強大な組織力をみせてきた。イーサンはその組織の中でもトップのエージェントで、組織内部の不正、未曾有のバイオテロや核戦争勃発の阻止など数々のミッションを遂行してきた。
ソロモン・レーンはそのIMFのシステムを乗っ取り、イーサンを閉じ込め、有無を言わさずエージェントを殺した。それはシンジケートがIMFに匹敵する組織力をもち、非人道的な組織であることを示している。
レコードショップの若きエージェントを演じた俳優は、英ロンドン出身のハーマイオニー・コーフィールド。『ローグ・ネイション』出演後も『トリプルX:再起動』(2017)や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017)に出演している。
ソロモン・レーンの信念──冷たい正義の化身

のちに明らかとなるがソロモン・レーンは、英国諜報組織MI6の元エージェントで、私利私欲にまみれた指令に愛想を尽かした男だった。既存の社会を破壊し新たな秩序を世界にもたらそうとしていた。
レーンは腐った世界を一度壊して、新たな世界を作り直すという自分なりの正義で動いていた。
静かな恐怖──マッカリーとショーン・ハリスの共鳴

監督クリストファー・マッカリーは、ソロモン・レーンというキャラクターに「静かなる脅威」を求めた。
he’s extraordinary I first saw Shawn and Harry Brown he had a had a small scene in uh in that movie opposite Michael Kane he plays a drug dealer and was so extraordinary very powerful very menacing and uh he was almost scarier when he was doing nothing and and I wanted to bring that level of Menace that level of threat to the movie I wanted a villain who was very quiet and very still but still projected real Menace
Mission Impossible 5: Rogue Nation Interview – Christopher McQuarrie – YouTubeより引用
[彼は並外れた人です。ショーンとハリー・ブラウンを初めて見たのは、あの映画でマイケル・ケインの相手役でちょっとしたシーンを演じていた時でした。彼は麻薬の売人を演じていて、とても並外れていて、とてもパワフルで、とても威圧的で、何もしていないときの方が怖かったくらいです。私はあのレベルの「メナス」、あのレベルの脅威を映画にもたらしたいと思いました。とても静かで、じっとしているけれど、それでも本物の「メナス」を投影する悪役が欲しかったのです。]
またショーン・ハリスは「狂った悪役」をよく演じる俳優だと認識されがちだが、ハリス自身はそれらの役を特別なキャラクターではなく、身近に存在するものとして演じることを大切にしている。
“Everyone says I’m intense or I’m mad or I play bad guys,” he sighs. “I don’t see any of that. I think [my characters] are all very real people. They’re also people I’ve somehow bumped into. I always try to come up with some sort of truth.”
Sean Harris: A rare interview with British acting’s secret weapon | The Independent | The Independentより引用
[「みんな、僕が激しいとか、気が狂ってるとか、悪役を演じてるとか言うけど、僕はそんなことないと思う。僕の演じる役はみんな、すごくリアルな人間だと思う。僕が偶然出会った人たちでもある。いつも、何かしら真実を描こうとしているんだ」]
マッカリー監督は「彼は何もしていないときのほうがむしろ怖い」と語り、彼の静けさにこそ凶器を見出した。そしてハリスの演技哲学によりソロモン・レーンは、イーサンにとっても観客にとっても実在する脅威として感じられるキャラクターとして誕生した。
ソロモン・レーンの正体──暴力ではなく知性で支配する者
クリストファー・マッカリー監督は本作のラストを「知恵の戦い」と表現している。確かにイーサンとレーンの直接対決は、爆発や銃撃に頼らず、情報と戦略の応酬によって決着がつく。これは単なるアクション映画ではなく、価値観と正義の対立を描いた物語として、『ローグ・ネイション』を一段深いレベルへと引き上げている。
ソロモン・レーンは暴力的なカリスマではない。彼はむしろ〈静かに人を追い詰める知性〉そのものだ。イーサンは仲間を信じて動くが、レーンは信じるものを持たず、すべてをコントロールする者として振る舞う。
この2人の対決は、「正義を掲げて誰かを犠牲にするか」「仲間の命を守りながら闘うか」という問いでもある。だからこそ、最終的にレーンがイーサンの仕掛けた罠に落ちる、という展開は象徴的だ。
イーサンは「力」で勝ったのではなく、「信頼」と「知恵」で勝った。
まさにそれが、『ローグ・ネイション』におけるソロモン・レーンの正体なのだ。