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2006年、シリーズ第3作「M:i:III ミッション:インポッシブル3」が公開された。監督はJ・J・エイブラムス。彼にとって初の長編映画監督作であり、同時に、主演トム・クルーズにとっても「再出発」を意味する作品だった。(関連記事:「シリーズを形作った「M:i:III ミッション:インポッシブル3」のあらすじ」)
第1作、第2作と、作品ごとに演出やトーンを変えながら歩んできたシリーズにあって、本作はキャラクターの内面により深く切り込んだことで知られている。そして、その変化を形作ったのは、画面の向こう側に立つ俳優たちの存在だった。
本記事では、そんな「M:i:III」に登場するキャストたちを改めて振り返る。すでに作品を観た人にとっては、あのキャラクターを演じていたのは誰だったのかという記憶の確認になるだろう。あるいは、今まさに観ようとしている人にとっての予習にもなるかもしれない。
20年近い歳月を経た今、その顔ぶれの中には、すでにこの世を去った名優もいれば、シリーズの中核を担う存在へと成長していった俳優もいる。それぞれの立ち位置、演技の魅力、そして当時の背景を、静かに掘り下げていきたい。
キャスト紹介:それぞれの立ち位置と存在感
トム・クルーズ(イーサン・ハント役)
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シリーズの顔とも言える存在、イーサン・ハント。演じるトム・クルーズは、俳優としてだけでなく、プロデューサーとしての判断も背負っていた。「M:i:III」では、任務だけでなく私生活を持つイーサンという新しい顔を見せ、彼の演技は、肉体の限界に挑むアクションだけでなく、繊細な感情の起伏にも及んでいる。(関連記事:「M:i:III ミッション:インポッシブル3」でトム・クルーズ本人がしたスタント」)
この時期のクルーズにとっても本作は転機だった。前作から6年のブランクを経て「単なる続編ではなく、新しい何か」を模索していた。その結果として選ばれたのが、テレビドラマ界で頭角を現していたJ・J・エイブラムスとのタッグだった。
ミシェル・モナハン(ジュリア・ミード役)
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イーサン・ハントの婚約者として登場するジュリア。シリーズ初の私生活を持つスパイという設定は、彼女の存在によって物語に深みを与えた。
ミシェル・モナハンは、当時それほど広く知られた女優ではなかったが、この役を通して多くの視聴者の記憶に残ることになる。強さと優しさのバランスが取れた演技は、アクション映画にありがちな添え物ではなく、物語の重心として機能していた。
フィリップ・シーモア・ホフマン(オーウェン・デイヴィアン役)
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デイヴィアンという敵役が「M:i:III」シリーズにおける「悪の質」を一変させた。それまでの敵とは異なり、感情を露わにせず、冷酷さを淡々と貫く男。演じたのは、「カポーティ」(2005)でアカデミー賞主演男優賞受賞歴もある実力派、フィリップ・シーモア・ホフマン。
彼の演技は圧倒的だった。大声も派手な動きもないが、静かに追い詰めるその圧は観客の神経をじわじわと削る。惜しくも2014年に他界したホフマンだが、本作の演技は彼の代表作のひとつとして、いまも語り継がれている。
ヴィング・レイムス(ルーサー・スティッケル役)
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シリーズ唯一の皆勤キャストであるルーサー。イーサンの盟友であり、ハッキングや通信技術を駆使する頼れる仲間。
演じるヴィング・レイムスは、本作でも控えめながら存在感のある演技を見せた。現場を支えるベテランという役どころが、そのまま俳優としての立ち位置とも重なっていた。「パルプ・フィクション」(1994)でのマーセルス・ウォレス役ですでに脚光を浴びており、本シリーズでも欠かせない存在となっている。
サイモン・ペッグ(ベンジー・ダン役)
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初登場はこの「M:i:III」。イーサンの現場チームではなく、IMF本部で技術支援を担当するベンジー・ダン。その飄々とした話しぶりと、どこか憎めないユーモアは、重苦しくなりがちな任務にひとすじの人間味を添える。
演じるサイモン・ペッグは、当時すでに「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)などで英国を中心に注目されていたコメディ俳優。その彼が、シリアスなスパイ・スリラーの中に入り込んでも違和感がない。それどころか、シリーズの空気を一変させた。
このときはあくまで脇役の技術者。しかし、後のシリーズでベンジーは現場にも出るようになり、ルーサーと同じくイーサンの相棒のような存在へと成長していく。その始まりが、本作にあった。
ローレンス・フィッシュバーン(セオドア・ブラッセル役)
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IMF局長。どこか底知れぬ雰囲気をまとい、敵か味方かを一瞬迷わせる存在でもある。
ローレンス・フィッシュバーンの持つ重厚な演技は、物語に深みと緊張感を与える。彼の登場シーンでは、会話だけでも十分に事態の大きさが伝わってくる。
「マトリックス」シリーズ(1999–2003)でのモーフィアス役のイメージが強いが、子役から舞台で活動している。
マギー・Q(ゼーン・リー役)
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ゼーンは、イーサンの現場チームの一員として活躍するエージェント。冷静沈着、機転の利いた行動で作戦を支える。マギー・Qにとって本作はハリウッド大作への本格的な進出作であり、アジア系女優としての存在感を世界に示した。
その立ち回りと気配りの演技は、ミッション:インポッシブルのチームダイナミクスに新しい風を吹き込んだ。アクションシーンの動きも華麗で、派手さに頼らずとも芯のある存在感を放っている。
ジョナサン・リース=マイヤーズ(デクラン・ゴームリー役)
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チームの中で、ゼーンとともに現場で活躍するもう一人のエージェントがデクラン。演じたジョナサン・リース=マイヤーズは、アカデミー賞脚本賞にノミネートされた「マッチポイント」(2005)にも出演し注目されていた若手俳優。
本作では、少し荒削りながらも熱意あるエージェント像を演じ、緊迫感のあるシーンでも軽妙なテンポを保っている。あくまでイーサンを中心に据えつつも、脇を固める若手としての役割を果たしていた。監督のJ・J・エイブラムスからはシリーズ1作目のトム・クルーズを思わせるといわれている。
ビリー・クラダップ(ジョン・マスグレイブ役)
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IMFの上層部に所属する男。どこか曖昧で、イーサンにとっても信用していいのか迷う存在だ。命令を下しつつも、その真意はつかめない。
演じるのは、端正なルックスと独特の静けさを併せ持つビリー・クラダップ。物語の核心に近づくにつれて、彼の演技がじわじわと効いてくる。「M:i:III」におけるもう一つのスパイの顔を担う存在だ。その後「食べて、祈って、恋をして」(2010)に出演するなど幅広い活躍をしている。
ケリー・ラッセル(リンジー・ファリス役)
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IMFの現場エージェント。イーサン・ハントのかつての教え子であり、彼が唯一現場に出る実力があることを認めた後進だった。その彼女が任務中に拉致される──それが、イーサンを再びフィールドに呼び戻す引き金となる。
エイブラムスとは主演ドラマ「フェリシティの青春」から付き合いのあるケリー・ラッセル。その彼女が見せる、凛々しくも悲壮感を帯びた演技は、本作のイーサンが挑むべき敵の不気味さと冷酷さを与えている。
アーロン・ポール(リック役)
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ジュリアの弟。姉の婚約者がIMFのエージェントであることなど知らずに、家族として祝福の視線を向ける一人。ごく短い登場だが、日常の延長にある別の人生の存在を象徴する人物だ。
この頃のアーロン・ポールは、若手として少しずつ実績を積んでいたがまだ無名に近い存在。後に「ブレイキング・バッド」(2008–2013)で世界的な評価を得る彼の、キャリア初期の貴重な一コマといえる。
グレッグ・グランバーグ(ケヴィン役)
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こちらも家族の集いに登場する一市民にすぎないが、その普通さこそが本作のドラマ性を高める。ジュリアを取り巻く人々が、いかに何も知らず、何も疑わずにイーサンを受け入れているか──ケヴィンはその象徴でもある。
演じるグレッグ・グランバーグは超能力者がテーマのドラマ「HEROES」(2006–2010)の印象が強いが、監督のエイブラムスとは幼少の頃からの友人関係で、ドラマ「エイリアス」(2001–2006)や「LOST」(2004)などJ・J・エイブラムスが手がける作品のほとんどに出演している。本作も友情出演ともいえる登場だが、確かに物語に日常のリアリティを添えている。
製作陣の視点:なぜこのキャストだったのか?
本作のキャスティングには、製作陣の“深み”への意志が色濃く出ている。トム・クルーズとJ・J・エイブラムスは、前2作とは違う空気をこの作品に持ち込みたかった。
だからこそ、あえてスターばかりではなく、実力と新鮮さを併せ持つトム・クルーズのもつスター性に負けない俳優たちを揃えた。ホフマンのような静かなる怪物、モナハンのような等身大のヒロイン、マギー・Qのような国際的な視点。多様な俳優たちがスクリーンに同居することで、本作は単なるアクション大作ではなく「人間ドラマとしてのミッション:インポッシブル」に生まれ変わったのだ。
時を経て:キャストたちのその後
「M:i:III」から約20年。
トム・クルーズはその後もシリーズを牽引し、60歳を超えてなお、アクションスターの第一線を走り続けている。ミシェル・モナハンもまた、ジュリア役としてシリーズに度々登場し、イーサンの人生に深みを与え続けている。
惜しくもフィリップ・シーモア・ホフマンは2014年に亡くなったが、その存在はシリーズにとって、いまも最恐の敵として記憶に刻まれている。
あの頃、彼らが見せた表情、仕草、息遣い。時を超えて観ることで、ある意味シリーズの原点を確かめることができる。