ジェシカ・ハウスナー監督の「リトル・ジョー」の作り方

アリス役エミリー・ビーチャム

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

ジェシカ・ハウスナー監督によるサイエンス・スリラー「リトル・ジョー」(2019)。カンヌ国際映画祭でのプレミアで大成功し、20か国以上で上映された作品です。オーストリア出身であるハウスナー監督にとって初の英語作品でもあります。

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「リトル・ジョー」の要素を3つに分解

斬新な映画「リトル・ジョー」を、ジェシカ・ハウスナー監督はどうやって作ったのか。その要素を

  • あらすじとキャスト
  • 監督が影響を受けたもの
  • 監督が込めた思い

の3つに分解して考察していきます。

妖しい世界を作るあらすじとキャスト

映画「リトル・ジョー」

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

研究者のアリスは、オキシトシンの分泌を促す香りを放つリトル・ジョーを開発しました。その香りを吸った人は幸せな気持ちになり、抗うつ作用までももたらします。しかし予想以上に花粉を放つようになり、その花粉を吸った同僚のクリスの様子もなんだかおかしく……。

リトル・ジョーの開発に没頭する研究者であり、息子のジョーを愛しているシングルマザーでもあるアリスを演じるのはエミリー・ビーチャム。ビーチャムは本作で第72回カンヌ国際映画祭の女優賞を受賞しています。またアリスに好意を寄せる同僚のクリスを、007シリーズのQで知られるベン・ウィショーが演じています。

「リトル・ジョー」クリス役のベン・ウィショー

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

リトル・ジョーの花粉により確実に変わっていく人々、しかしその変化が昨日とはなんだか様子が違うな、という程度のものなのが本作の不気味なところです。子どもの態度が急に変わることなんて思春期だったら何も不思議じゃありません。

同僚の様子がおかしいことなんて、プライベートで何かあったのかな、と思うくらいでそこまで気にはなりません。いや、本当は気になるけど、まさか新種の植物の侵略が始まっているなんて考えもしないです。そんな日々何気なく起こる変化をスリラーとして描いてるのが「リトル・ジョー」です。

監督が影響を受けたもの

満開のリトル・ジョー

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

そんな「リトル・ジョー」の世界は、人を惑わし妖しい雰囲気を放つリトル・ジョーの真紅の花と、それとは対照的に可愛らしさすら感じるキノコ頭のアリスの赤毛と研究着のミントグリーンとで彩られています。

絵本のようなポップさを感じさせる色合いは、おとぎ話のような世界観にしたいというハウスナー監督の演出です。現代の話ではあるけれど、扱っているのは500年前でも変わらない人間の普遍的な部分という意味合いもあります。

その世界をさらに妖しくしているのが、伊藤貞司による音楽です。伊藤貞司の「Watermill」から使用された、尺八や和太鼓、琴などの和楽器による音楽が、リトル・ジョーの成長や開花、花粉の放出に合わせて流れ、不気味さをより強調しています。これは実験映画作家のマヤ・デレンの影響を受けているそうです。

伊藤貞司はマヤ・デレンの元夫であり音楽担当でもあり、監督はそこから伊藤貞司の音楽を知りました。またCGを使わずにカメラワークや編集だけで「リトル・ジョー」の世界観を作り上げる作風も、マヤ・デレンの影響を強く受けているそう

「リトル・ジョー」では細やかな仕草を求められたベン・ウィショー

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

ハウスナー監督こだわりのカメラワークに完璧に応えたのが、エミリー・ビーチャム、ベン・ウィショーらキャストです。シーンによっては20テイクも重ねたそうで、もはやそれは振付に近かったと監督自身も言っています。

本作は言ってしまえばリトル・ジョーがなにやら怪しいということ以外特に何も起きないため、下手すると途中で観るのに飽きてしまうという危険性もあります。しかしビーチャム演じるアリスには、観ていて飽きることのない魅力があります。女優賞を受賞したのもうなずけます。

またベン・ウィショーは「リトル・ジョー」の世界の中にいるだけで、怪しく感じる存在感があります。基本的には頼れるいい人にみえるけど、どっちなんだと。リトル・ジョーの影響を受けているのかいないのか。ハウスナー監督はキャストのそもそも持っている雰囲気も演出に活かしています。

リトル・ジョーを育てる温室

Image: Youtube/(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

監督はキャストに対してだけでなく、美術へのこだわりもすごいです。ブラッドリリーをモデルにしているリトル・ジョーは、撮影に使うために一つ一つプロによる手作り。閉じた状態、少し開いた状態、もう少し開いた状態、ほぼ開いた状態、完全に開いた状態の異なる5つの成長状態に分けて作られ、その数なんと1000体にも及ぶそうです。

監督が込めた思い

ハウスナー監督がここまで徹底したこだわりで表現したのは”不快感”です。すべては写さないカメラワーク、最後までどうなのかはっきりとしないストーリー展開には、監督が普段から感じている「人間の不確実性」が表されています。

I think in all different times of humankind, the truth has always changed.

私は、人類のあらゆる時代において、真実は常に変化していると思います。

‘Little Joe’ Director Jessica Hausner on Combining Genres and Maintaining a Personal Stamp [Interview]/SlashFilm より引用

「リトル・ジョー」で作られた世界は、ジェシカ・ハウスナー監督が思う「人が感じる幸せや義務や使命感がいかに頭の中だけのことであるか」という人間の普遍的なものを表しています。

まとめ

「リトル・ジョー」の不気味さは、ストーリーだけではなく、映像や音楽からも作られています。

背景に流れる音楽、キャストのひとつひとつの表情に注目してみると、1度見ただけでは気が付かなたかった楽しみがあると思います。

リトル・ジョー (字幕版)
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