
ジュラシック・パークの主人公は誰なのか。
アラン・グラント博士か、それともオーウェン・グレイディか。シリーズを振り返ると、作品ごとに「主人公」の立ち位置が変わっていることがわかる。本記事では、イアン・マルコム、アラン・グラント、オーウェン・グレイディという三人の視点から、シリーズ全体を貫くテーマと主人公の意味を考察する。(関連記事:「【全作網羅】ジュラシック・パークシリーズを見る順番と時系列!シリーズテーマも解説」)
ジュラシック・パークの主人公候補
映画『ジュラシック・パーク』シリーズは長く続いているが、その主人公は一人に固定されていない。
代表的な3人を挙げるなら以下になる。
- アラン・グラント博士(初代三部作)
- イアン・マルコム博士(シリーズ全体の思想的支柱)
- オーウェン・グレイディ(新三部作『ジュラシック・ワールド』)
では、なぜこのように主人公が変わっていくのか。
イアン・マルコム博士(シリーズの預言者)
物語の基盤を形成するのが、イアン・マルコム博士である。彼は最前線で恐竜と戦うヒーローではなく、一歩引いた位置から物語の本質を突く「シリーズの良心」だった。
彼の武器は、物理的な力ではなく「カオス理論」。どんなに完璧に見えるシステムでも、些細な要素が予測不能な結果を生むという思想である。
パークの開園前から、マルコムは危険性を一貫して警告していた。その思想は有名なセリフに集約される。
「君たちは『できるかどうか』ばかり考えて、『すべきかどうか』を考えなかった」
これは単なる皮肉ではなく、科学に熱狂する人類への根源的な問いかけだ。マルコムは、アランやオーウェンが直面する危機の「原因」を示し、物語に倫理的な深みを与える不可欠な存在だった。
アラン・グラント博士(過去への応答者)
マルコムの警告が現実となり、楽園が地獄に変わったとき、最初に応答を迫られたのがアラン・グラント博士である。
彼は「過去の専門家」として、マルコムの問いに対する第一の解答者となった。恐竜の生態を理解し、化石の知識を駆使して危機を乗り越えていく。
- T-レックスの視覚特性を見抜き、動きを止めて生き延びる。
- ヴェロキラプトルの共鳴腔を利用し、彼らの言語を模倣して窮地を脱する。
これらはすべて、恐竜を「制御すべき対象」ではなく「理解すべき自然」と捉えていたからこそ可能だった。アランは決して恐竜と心を通わせようとはしない。そこに一線を引くことが、彼の誠実さの証である。
『ジュラシック・パーク』三部作が描いたテーマは「人類が失われた過去(恐竜)を蘇らせてしまったことへの警鐘」であった。そのテーマに応答する存在として、アラン・グラントが主人公であったことは必然である。
オーウェン・グレイディ(未来への責任を担う実践者)
時代が進み、問題は「恐竜の復活」から「遺伝子操作による新種の創造」へと発展した。マルコムの警告が第二段階の現実となったとき、その応答者として登場したのがオーウェン・グレイディである。
彼はアランとは対照的に「未来への責任」を背負う人物だった。彼の武器は「知識」ではなく「信頼関係」である。
特にヴェロキラプトルのブルーとの関係は、種を超えた絆の象徴だった。オーウェンは、人類が生み出してしまった生命と対話し、新たな関係性を模索する実践者である。
『ジュラシック・ワールド』三部作のテーマは「人類のエゴで創られた新生命と、いかに未来を共にするか」である。その最前線に立つオーウェンは、未来に向けた困難な答えを探し続ける存在だった。
なぜ主人公が変わるのか?シリーズのテーマから見る
シリーズを追ってみると、主人公が交代しているのは単なるキャスト変更やリブートの都合ではない。物語のテーマそのものが進化しているからだ。
- マルコムが投げかけた「科学と倫理の警告」
- グラントが示した「過去への敬意と探求」
- オーウェンが体現する「未来への責任と共存」
三人の立場はバラバラだが、それぞれが「人類と恐竜の関わり方」の異なる段階を象徴している。
つまりシリーズ全体を貫く主人公は、誰か一人ではなく、この三人が三位一体で補い合う関係だと見るべきなのだ。
結論:主人公は三人の視点で描かれる「人類」そのもの
結局のところ、『ジュラシック・パーク』シリーズはアラン、マルコム、オーウェンという三人の異なる主人公を通して、「科学の進歩と人類の選択」を描いている。
『新たなる支配者』で三人がついに顔を合わせたのは、単なるファンサービスではなく、シリーズのテーマが一つに収束した瞬間だったのかもしれない。