『マスターズ・オブ・ユニバース』Rotten Tomatoes評価と賛否の理由!「ひどい」という炎上の裏にある真の価値

魔法の剣を構える筋肉質のヒーマンと、恐ろしいドクロ顔のスケルターが対峙する場面
賛否両論を巻き起こしている、過剰な筋肉とドクロ顔という80年代特有の強烈なビジュアルと奥深いドラマ。
Image: ヒーマンを支える惑星エターニアのヒーローたち🗡️🐯『マスターズ・オブ・ユニバース』<特別映像>6月5日(金)全国の映画館で公開 / YouTube 2026年6月3日閲覧

映画『マスターズ・オブ・ユニバース』の公開に際し、世間の評価は大きく分かれている。一部では絶賛の声が上がる一方で、「ひどい」「面白くなさそう」といったネガティブな反応や炎上騒動も起きている。本作は果たして、貴重な時間とチケット代を投資してまで映画館で観る価値があるのだろうか。批評家のスコアや初期のレビューから、この映画が抱える賛否の理由と、表面的な評価の裏に隠された真の価値を分析していく。

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映画館へ足を運ぶべきか?Rotten Tomatoesのスコアと初期レビューが示す現在地

批評家支持率75%(PG-13指定)。数字が物語る「観る人を選ぶ」作品という事実

映画を観るべきか迷った際、多くの人がまず参考にするのが客観的な数値データだ。映画批評サイト「Rotten Tomatoes」において、本作の批評家支持率(トマトメーター)は92件のレビュー時点で75%を獲得し、「Fresh(新鮮)」の認定を受けている。また、年齢制限はPG-13に指定されている。

この75%という数字は、完全な駄作ではないが、誰もが絶賛する満点でもない絶妙なスコアであると言える。映画館に足を運んで時間を投資する価値は十分にある水準だが、同時に「観る人を選ぶ作品である」という事実を示している。

「最高に楽しい」か「寒々しいパロディ」か。真っ二つに割れた初期反応の理由

客観的な数値の次に気になるのは、実際に映画を観た人々の生の声だ。本作の初期の反応は、見事なまでに真っ二つに分かれている。

エンタメ情報サイト「Mashable」のレビュー記事によれば、本作は原作の知的財産を神聖視しすぎず、キャラクターを生き生きとコミカルに描く道を開いた点が高く評価されている。過去の作品へのノスタルジーを保ちつつ、ユーモアを交えて現代風にアレンジしたアプローチが好意的に受け止められているようだ。

一方で、エンタメ情報誌「The Hollywood Reporter」のレビューは厳しい。同メディアによると、映画全体がエディンバラ・フェスティバル・フリンジでの、有名な出来事を皮肉るミュージカル・パロディ(こちらは毎年爆笑必至)のように感じられ、ジョークも寒々しいと過剰なコメディ色が批判されている。

これら対照的なレビューから見えてくるのは、本作の「おバカな世界観」をどう捉えるかの違いだ。80年代のおもちゃやアニメが持つ特有の馬鹿馬鹿しさを、現代風のユーモアとして愛せるか。それとも、安っぽいパロディとして寒々しく感じてしまうか。この受け取り方の違いによって、初期の反応が真っ二つに分かれている。つまり、読者が抱く「もしかして、盛大にやらかしちゃってる『トンチキ珍作』なのでは?」という懸念に対する答えは、観客自身がその独特なユーモアの波に乗れるかどうか次第ということになる。

なぜ「ひどそう」「ポリコレ的」と炎上したのか?賛否両論の奥にある論争の火種

代名詞(he/him)への怒りと、監督が描きたかった「男性性の再定義」

アダム・グレンのデスクに置かれた「HE/HIM」と書かれたネームプレート
予告編に登場し、一部の保守層から「ポリコレ的」だと炎上する発端となった「HE/HIM」のネームプレート。
Image: ひとりの青年が覚醒し、最強の戦士<ヒーマン>に── 今年、世界は新たなヒーローの誕生を目撃する。映画『マスターズ・オブ・ユニバース』<特報>6月5日(金)全国の映画館で公開 / YouTube 2026年6月3日閲覧

本作の予告編には、主人公アダムのデスクのネームプレートに「HE/HIM(代名詞)」と記されているシーンが存在する。上述「Mashable」の記事によると、この描写に対して一部の保守的なヒーマンのファンがSNSで激怒し、炎上騒動になったと報じられている。

こうした「ポリコレ的(woke)」だという批判やネガティブな前評判の裏には、制作陣が意図した深いテーマが隠されている。カルチャー系メディア「The Nerds of Color」のインタビュー記事によると、トラヴィス・ナイト監督は本作について、男らしさについて説教くさくならずに、思慮深く共感的な方法で対話する機会であると同メディアに対し語っている。同インタビューによれば、力や強さ、感情の抑圧を重んじた80年代のマッチョイズムと、共感やコミュニケーションが重視される現代のアメリカの価値観の違いを描き出したかったのだという。

圧倒的な筋肉を持つヒーマンを現代によみがえらせるにあたり、制作陣は単に流行りの要素を押し付けたわけではない。「腕力ではなく共感力と連帯」という現代の新しいヒーロー像と旧来の価値観を真剣にぶつけ合わせたからこそ、昔ながらの姿を求める古参ファンと、新しいアプローチを評価する層との間で激しい意見のギャップが起きている。

こども向けアニメのふりをしたPG-13。大人向けな「性的ユーモア」と「有害な権力欲」

威圧するスケルター
単なるこども向けの悪役ではない。監督が「有害な男らしさの体現者」と語る、スケルターの恐ろしくもリアルなビジュアル。
Image: Masters of the Universe | Forces of Evil – Featurette / YouTube 2026年6月3日閲覧

本作の対象年齢を読み解くことも、賛否の背景を知る手がかりになる。カルチャー系メディア「The Mary Sue」のレビュー記事によると、本作には大人は笑えるが若い観客は気づかないような「遠回しな性的ユーモア(ダブルミーニングによる暗示)」が多く含まれていると評価されている。

また、エンタメ情報サイト「Deadline」の記事によれば、トラヴィス・ナイト監督は悪役スケルターについて、「有害な男らしさ(toxic masculinity)」の体現者であると同メディアに対し語っている。

本作がPG-13(13歳未満の鑑賞には保護者の厳重な注意が必要)に指定されている理由は、単なるアクションの暴力描写のためだけではない。大人がニヤリとするようなセクシャルなユーモアや、自信のなさを隠すための有害な権力欲といった、ダークで深い心理描写がしっかりと盛り込まれているためだ。こども向けアニメのふりをしながらも、その実態は大人に向けた複雑な人間ドラマが展開される野心作であることが推測できる。日本では年齢関係なく誰でも観覧できる「G」となっている。

結論:他人の評価では測れない、現代版『マスターズ・オブ・ユニバース』の真の価値

「究極の誠実さ」で作られた野心作。バカバカしさと深い人間ドラマの奇跡的な両立

本作がなぜこれほどまでに賛否両論を巻き起こしているのか。それは、この映画が単なるノスタルジーに浸る安全なおもちゃ映画に逃げず、現代の観客に向けて「真の強さとは何か」という挑戦的なテーマを内包して再構築された野心作だからだ。

エンタメ情報サイト「The AU Review」のインタビュー記事によると、トラヴィス・ナイト監督は作品づくりへの姿勢について、客観から見れば完全にバカバカしい設定を扱っている時でさえ、原作の本質を忘れず、自分たちは極めて誠実に作品に向き合っていると同メディアに対し熱く語っている。

その結果として生まれた絶妙な作品のトーンについて、前出「The Mary Sue」のレビュー記事は、本作が有害な男らしさに傾倒することもなく、かといって“woke”な観客が呆れるほどの行き過ぎたパロディにもならず、奇跡的にその難しいバランスのコードを解読して楽しいファンタジーアドベンチャーを作り上げたと高く評価している。

80年代のバカバカしい世界観と、現代的で深い人間ドラマ。一見すると水と油のような二つの要素を「究極の誠実さ」で奇跡的に両立させたからこそ、従来の姿を求める層と新しいアプローチを評価する層との間で激しい議論が生まれているのだ。

Rotten Tomatoesのスコアや一部の炎上といった表面的な「他人の評価」だけでは、この作品が持つ奥深い文脈や制作陣の隠された野心は決して測りきれない。評価が見事に割れているという事実こそが、この映画が安全な道を選ばずに挑戦した何よりの証明だ。その論争の理由が理解できたなら、他人のレビューに流されることなく、自らの目でその真の価値を見届ける価値が十分にあるはずだ。