映画『隣人たち』原作・リメイクとの違い。夫婦の共謀から「単独犯」へ変わった真意

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緊迫した表情で対峙するセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)
完璧な母親たちの日常は、一つの悲劇をきっかけに狂気へと変わっていく。(©2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.)
Image: MOTHER’S INSTINCT – Official Trailer – In Theaters July 26th / YouTube 2026年7月22日閲覧

アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインが主演を務める心理サスペンス映画『隣人たち』は、バーバラ・アベルの小説および2018年のベルギー映画を基にしたリメイク作品。本作は原作とストーリーの基盤を共有しつつも、結末において「夫婦の共謀」から「セリーヌの単独犯」へと決定的な改変が加えられている。

本記事では、オリジナル版とアメリカ版におけるラストシーンの違いを整理し、なぜ夫を排除する結末へと変更されたのか、その真意を解説する。結末の改変によってより強烈に浮かび上がる、セリーヌの母親であることへの異常な執着と、「完璧な母親」という役割が女性に与えた抑圧の恐怖について考察する。

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映画『隣人たち』の原作はバーバラ・アベルの小説と2018年のベルギー映画

アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインが主演を務めるアメリカ版『隣人たち』は、完全なオリジナル脚本の映画ではない。物語の基になっているのは、バーバラ・アベルが2012年に発表した小説『Behind the Hatred(仏題:Derrière la haine)』である。

さらに、本作はこの小説を映像化した2018年のベルギー映画『Duelles(英題:Mothers’ Instinct / 邦題:母親たち)』の直接的なリメイク作品にあたる。ハリウッドでのリメイクにあたり、物語の舞台は現代のパリ郊外から、1960年代のアメリカの郊外へと変更された。

原作・オリジナル版とアメリカ版で大きく異なる衝撃の結末

本作は原作小説やベルギー版映画と大筋のストーリーラインを共有しているが、物語の終着点において非常に大きな改変が加えられている。

原作やベルギー版ではセリーヌと夫ダミアンの「共謀劇」

原作小説およびベルギー版の映画では、セリーヌと夫のダミアンが共謀して隣人一家の乗っ取りを企てる。夫婦で計画を練り、アリスとサイモンの死を自殺に見せかけ、最終的にテオの親権を奪うという「夫婦の犯罪」として描かれていた。

アメリカ版では夫ダミアンすらも殺害される「単独犯」

一方、アメリカ版『隣人たち』では、夫のダミアンは計画から完全に排除されている。アメリカ版のセリーヌは、クロロホルムでダミアンを眠らせ、手首を切って自殺に見せかけて自らの手で彼を殺害する。

原作では共謀者だった夫が、アメリカ版ではセリーヌの計画の最初の犠牲者へと変わっている。これにより、物語は夫婦の共謀劇から、セリーヌ一人の単独犯による暴走へと大きく形を変えている。

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なぜアメリカ版はセリーヌの「単独犯」に改変されたのか?母親であることへの異常な執着

なぜアメリカ版は夫を排除し、セリーヌの単独犯という結末を選んだのか。最大の理由は、セリーヌの「母親であり続けることへの異常な執着」を際立たせるためだ。

映画メディアColliderなどの独自の考察によると、セリーヌは「完璧な妻・母親」であるというレンズを通してしか自分自身を認識できず、我が子であるマックスを失ったことで彼女の存在意義そのものが死んでしまったと指摘されている。再び生きる目的を見出すためには、何が何でも他人の子であるテオを奪い、「母親」という役割を取り戻すしかなかったのである。夫を殺害したのも、自分の行動を咎める邪魔な存在だったからに他ならない。

アメリカ版の改変は、なりふり構わず目的を遂行しようとする一人の女性の狂気を、より純粋で恐ろしいものとして描く意図がある。

結末が突きつける「完璧な母親」という呪縛と暴走の恐怖

アメリカ版『隣人たち』の結末が現代の観客に突きつけるのは、「母性神話や完璧さへの執着がいかに女性自身を追い詰めるか」という恐ろしいメッセージだ。

セリーヌを演じたアン・ハサウェイは、作品のプロモーションインタビューにおいて、本作の真の悪役の一つは「完璧さという概念」だと語っている。当時の女性たちは周囲からの期待に応えることだけを求められ、本当の感情や欲求は完全に無視されていた。さらにファッション誌 ELLE UK のインタビューに対しハサウェイは、ジェンダーを理由に何度も尊厳を奪われ続けた結果として、そこにセリーヌの怒りと狂気が爆発したのだと指摘している。

共謀による犯罪劇から、社会に抑圧された一人の女性の暴走へと結末を変えたことで、本作は単なるサスペンスを超え、「母親とは常に我が子を愛し、正しくあるべき」という固定観念の恐ろしさを強烈に印象づける作品となっている。