Image: MOTHER’S INSTINCT – Official Trailer – In Theaters July 26th / YouTube 2026年7月22日閲覧 完璧な主婦であり親友同士だったアリスとセリーヌ(©2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.)
1960年代のアメリカ郊外を舞台に、アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインが演じる親友同士の主婦の崩壊を描いた心理スリラー映画『隣人たち』。セリーヌの息子マックスの不慮の転落死をきっかけに、完璧だった二人の日常は疑念とパラノイアに侵食され、やがて衝撃的な連続殺人へと発展していく。
本作の結末は、ハリウッド映画の王道である展開を根底から覆すバッドエンドとして多くの議論を呼んでいる。本記事ではセリーヌを凶行に駆り立てた真の動機、そして両親を殺されたテオがなぜ彼女を新しい母親として受け入れたのかという深層心理を考察・解説する。衣装や小道具に隠された不気味なメタファーを紐解きながら、タイトルが示す「母親への執着」の本質に迫る。
ラストシーンの惨劇:誰が死に、どうやって偽装されたのか
祖母の薬のすり替えから始まった、アリス一家とダミアンの死の真相
映画の結末で起こった連続殺人は、セリーヌの緻密な計算によって実行された。最初の犠牲者はアリスの義母である祖母のジーンである。彼女は心臓発作で亡くなるが、アリスが密かに依頼した調査により、血中から薬の成分が検出されなかったことが判明する。製薬業界で働く夫ダミアンの環境を利用し、セリーヌが薬をプラセボ(偽薬)にすり替えた結果であった。
その後、セリーヌは夫のダミアンをクロロホルムで眠らせ、手首を切って自殺に見せかけて殺害する。悲しむ未亡人を装ってアリスの家に泊まり込んだセリーヌは、その夜、サイモンとテオをクロロホルムで眠らせる。帰宅したアリスともみ合いになるが、最終的にアリスにもクロロホルムを嗅がせ、ガス管のバルブを開けて不慮の事故死に見せかけた。
夫ダミアンを殺害したのは、アリスの家に入り込むための冷酷な計画だった
アリスへの復讐が目的なら、自身の夫まで殺害する理由は見当たらない。セリーヌの最終目的は、単なる復讐ではなくテオを手に入れることだった。ダミアンは、セリーヌが亡き息子マックスを忘れられずテオに執着していることを非難し、アリスの家族に近づかないよう警告していた。セリーヌにとって夫ダミアンを殺害することは、計画の邪魔になる人物を排除し、同時に夫を亡くして悲しむ妻としてアリスの同情を引き、彼女の家に上がり込む完璧な口実を作るための冷酷な手段であった。
セリーヌの真の動機は、アリスへの復讐ではなく「母親」であり続けることへの執着
マックスを失い出産できない体になった彼女にとって、テオを奪うことは存在意義を守る手段だった
セリーヌの行動は、息子を見殺しにされたというアリスへの単なる復讐ではない。彼女はマックスを出産した際の合併症により、二度と子供が産めない体になっていた。セリーヌは劇中でテオに対し、マックスの誕生後に自身の中で何かが壊れてしまったと説明している。Colliderの考察によれば、セリーヌが狂気的な行動に出たのは、彼女が自身の存在を「母親」というレンズを通してしか認識できなかったからだ。マックスを失った彼女にとって、他人の子供であるテオを奪うことは「母親」という存在意義を保ち続けるための自己保存行動だった。
アリスのイヤリングが示す、アイデンティティを完全に奪い取ったという不気味なメタファー
映画のラストシーンで、セリーヌはアリスのトレードマークであった丸いボタン型のイヤリングを身に着けている。MovieWebは、このイヤリングが単なるおしゃれではなく、セリーヌがアリスのアイデンティティと「テオの母親」というポジションを完全に奪い取ったことを決定づける演出であると分析している。
また、セリーヌの執着と狂気は衣装の色の変化にも静かに表現されている。衣装デザイナーのミッチェル・トラバーズはREVAMP MAGAZINEのインタビューで、セリーヌの衣装について伝統的な喪服からインスピレーションを受けたと語っている。同氏によれば、母親としてのアイデンティティの喪失に合わせて、黒一色のアンサンブルから深い紫やグレーを経て、最終的にラベンダーや白へと移行していくコースを意図的に設定したという。この色彩の変化は、彼女がテオを奪うことで喪の期間を終え、新しい人生を手に入れたことを示している。
両親を殺されたテオが、セリーヌを新しい母親として受け入れた理由
夫婦喧嘩とアリスの不安を利用し、セリーヌは巧妙にテオを洗脳して孤立させた
両親を殺害した犯人をテオが母親として受け入れた背景には、アリスの精神的な不安定さがある。アリスは過去に自動車事故で両親を亡くしたトラウマを抱えており、テオを守ろうとするあまり過敏になっていた。夫のサイモンもそんな彼女を信じず、彼女の疑念をパラノイアだと決めつけたため、家庭内は常に争いが絶えなかった。
テオの目には、母親であるアリスがいつも喧嘩の原因を作っているように映っていた。その隙を突き、セリーヌはテオに「マックスとおばあちゃんは良い場所にいる」と優しく吹き込む。そしてアリスからテオを孤立させ、自分に依存させるという巧妙な洗脳を行ったのである。
真相を知らないテオ。最後の海辺のシーンが描く、残酷で空恐ろしい依存関係
法廷で裁判官から尋ねられた際、テオはセリーヌを新しい母親として受け入れることに同意する。彼は両親と祖母の死の残酷な真相を知らない。
ラストの海辺のシーンは、両親を失った悲しみを抱えるテオと、その悲劇のすべてを引き起こしたセリーヌが、互いに傷を癒やし合うように見つめ合うという結末である。Colliderの考察によると、テオの痛みの全原因を作ったセリーヌが彼と癒やし合うこの場面は、非常に空恐ろしい構図であると分析されている。またDigital Mafia Talkiesは、孤独になった子供が生きるために結果として犯人に依存するしかない悲劇的な状況であると指摘している。
映画『隣人たち』の結末が突きつける「母性神話」の恐ろしさ
本作の原題でもある「Mothers’ Instinct(母親の本能)」は、本来なら我が子を守るための無償の愛を意味する言葉である。しかし、この映画の結末では、その本能が人を殺し、他人の子供を奪ってでも「母親」であり続けようとする狂気へと反転している。
ハリウッド映画の王道である正義が勝つ展開を容赦なく裏切り、母性が持つ利己性や暴力性を冷徹に描き出している。前出のDigital Mafia Talkiesのレビューによれば、セリーヌの完全勝利というバッドエンドは、単なる後味の悪さではなく、「母親とはどうあるべきか」という社会の理想像がいかに人間を追い詰めるかという重い問いを現代に突きつけていると評価されている。またColliderも、本作が女性に対する社会の期待や母性がもたらす悲惨な結果を探求した作品であると論じている。





