映画『シンプル・アクシデント/偶然』の裏側:ジャファル・パナヒ監督がイランの検閲をすり抜ける驚愕の手法とは?

映画『シンプル・アクシデント/偶然』のメガホンをとったイランの巨匠ジャファル・パナヒ監督
20年間の映画制作禁止や投獄など、イラン政府からの厳しい弾圧を受けながらも極秘裏に『シンプル・アクシデント/偶然』を完成させたジャファル・パナヒ監督。
Image: PALME D’OR – Conférence de presse – PALMARES – Français – Cannes 2025 / YouTube 2026年5月11日閲覧

イランのジャファル・パナヒ監督による映画『シンプル・アクシデント/偶然』は、現在世界中で大きな注目を集めている。しかし、この作品の真の凄さは、映画のストーリーだけでなく、その裏側にある「作られ方」にある。本記事では、イラン政府の厳しい検閲や監視の目をかいくぐり、監督がいかにしてこの映画を完成させたのか、その驚くべき手法と背景を分析していく。

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はじめに:世界で絶賛される『シンプル・アクシデント/偶然』とイランの現実

白いバンの車内で緊迫した表情を見せる『シンプル・アクシデント/偶然』の登場人物たち
2025年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した本作。車内での緊迫したやり取りが、観客に権力と暴力の連鎖について深く問いかける。
Image: IT WAS JUST AN ACCIDENT | Official Trailer | Now Streaming on MUBI / YouTube 2026年5月11日閲覧

カンヌでパルムドールを受賞した「社会派サスペンス」

本作は、2025年に開催された第78回カンヌ国際映画祭で、最高賞であるパルムドールを受賞した。世界三大映画祭の最高賞をすべて制覇したパナヒ監督の最新作として、各国の映画ファンや批評家から絶賛されている。

物語は、不当な理由で投獄された過去を持つ主人公のワヒドが、かつて自分を拷問したと思われる「義足の男」を偶然見つけ、誘拐するところから始まる。しかし、これは単なるスリリングな復讐劇にとどまらない。

表面的には、過去にひどい危害を加えた人物と偶然再会したと信じる労働者階級の男を描いた、緊迫感あふれる道徳的スリラーとして展開する。(中略)問題は、復讐が可能かどうかだけでなく、そもそも復讐が望ましいものなのかどうかだ。

‘It Was Just an Accident’ Review – Script Magazine より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

このように、復讐の是非や、権力と暴力の連鎖について深く問いかける社会的なメッセージ性が、国境を越えて多くの人々の心を打っているのである。

「イラン」や「ジャファル・パナヒ」への関心の高まり

本作の公開に伴い、インターネット上の検索トレンドでも「ジャファル・パナヒ」や「イラン」といったキーワードの検索数が急上昇している。また、海外の検索予測には「逮捕」といった言葉も並んでおり、映画の内容だけでなく、監督自身の政治的な状況に対する関心も非常に高いことがわかる。

この映画が持つメッセージを深く理解するためには、現在のイラン社会の現実と、パナヒ監督が置かれている「異常な制作環境」を知る必要がある。なぜなら、この作品の存在そのものが、表現の自由を奪おうとする権力に対する、命がけの抵抗の記録だからである。

終わりのない弾圧:パナヒ監督を縛る「20年間の映画制作禁止」

不当に投獄され拷問をしてきたエグバルかどうかバンの中で考える主人公ワヒド
不当な逮捕と重い判決。パナヒ監督に向けられた理不尽な弾圧の歴史は、映画の主人公たちが抱えるトラウマと深く共鳴している。
Image: IT WAS JUST AN ACCIDENT | Official Trailer | Now Streaming on MUBI / YouTube 2026年5月11日閲覧

反体制的な活動による逮捕と重い判決

ジャファル・パナヒ監督に対するイラン政府の弾圧は、今に始まったことではない。2010年、体制に反対するプロパガンダ(政治的な宣伝活動)を行ったという理由で、監督は逮捕された。このとき、6年間の禁固刑とともに、映画監督としての生命を奪うような「20年間の映画制作、脚本執筆、メディアの取材対応、および出国を禁止する」という非常に過酷な判決が下された。

さらに2022年7月、他の映画監督たちの逮捕に抗議したことで、パナヒ監督は再びエヴィン刑務所に収監されてしまう。およそ7カ月間にも及ぶ不当な拘束に対し、彼は自らの命をかけたハンガーストライキ(食事を断つ抗議行動)を決行した。抗議を始めた際、監督は妻のSNSを通じて次のような強い覚悟を記した声明を発表している。

釈放されるまで一切の飲食や薬の摂取を拒否することを固く宣言します。おそらく私の生気のない体が刑務所から解放されるまで、この状態を続けるつもりです。

ジャファル・パナヒ監督 Jailed Iranian Director Jafar Panahi Hunger Strikes Against “Hostage-Taking” – Center for Human Rights in Iran より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

この命がけの抗議の末、2023年2月に監督はようやく釈放され、映画制作などの禁止令も公式に解除された。

最新作の完成後にも言い渡された欠席裁判での実刑

釈放後に秘密裏に制作された最新作『シンプル・アクシデント/偶然』は、2025年5月のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、世界中で大きな絶賛を浴びた。しかし、イラン政府による弾圧はこれで終わりではなかった。

本作が国際的な賞を次々と獲得し、監督自身がアメリカなどで授賞式に出席していた2025年12月、イランの裁判所はパナヒ監督が不在のまま「欠席裁判」を開いた。そして再び「体制に対するプロパガンダ活動」を理由に、懲役1年と2年間の渡航禁止、さらに政治的・社会的団体への参加禁止という新たな実刑を言い渡した。

世界的な名声を得て母国の映画芸術に貢献してもなお、政府からは常に監視され「犯罪者」として扱われ続ける。このように現在進行形で続く理不尽な弾圧こそが、パナヒ監督が置かれている異常な現実だ。

検閲をすり抜ける「カモフラージュ」と命がけの極秘撮影

人気のない荒野に停められた、主人公たちが乗る白いバン
当局の検閲を避けるための「ダミーの台本」や、インターネットを完全に遮断して行われた極秘の編集作業など、本作は命がけの環境下で生み出された。
Image: IT WAS JUST AN ACCIDENT | Official Trailer | Now Streaming on MUBI / YouTube 2026年5月11日閲覧

警察のガサ入れを回避する「ダミーの台本」と毅然とした対応

本作の撮影において、ジャファル・パナヒ監督は政府からの許可を申請せず、秘密裏に制作を進める道を選んだ。その際、警察の突然の捜索(ガサ入れ)からスタッフや俳優を守るために「ダミーの台本(偽の台本)」が用意されていた。

実際の撮影現場と同じシーンが書かれていたが、政治的な背景はすべて取り除かれていた。強盗事件が起き、閉まったドアの向こうから聞こえる「足音」を頼りに犯人を見つけ出し、裁判にかけるという、単なるサスペンス映画を装っていたのだ。

しかし、撮影終了の直前になって、私服警官が現場に現れ、撮影したすべての映像を引き渡すよう要求する事件が起きた。監督はこの時の対応について次のように語っている。

彼らはスタッフを逮捕し、制作を中止させると脅して圧力をかけ続けてきました。しかし、私は拒否しました。結局、彼らは諦めたのです。私たちは撮影をしばらく中断し、その後再開しました

ジャファル・パナヒ監督 A Conversation with Jafar Panahi on “It Was Just an Accident ” より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

監督が毅然とした態度で要求をはねのけたことで、映画は無事に完成へとたどり着いた。

出国禁止を逆手に取ったWhatsApp経由の遠隔演出

パナヒ監督は映画制作の禁止だけでなく、イラン国外へ出ることも禁じられていた。しかし、国境の向こう側(国外)での映像が必要になった際、監督は現代のテクノロジーを使ってこの制限を乗り越えた。

国外に出ることを許されていなかったので、国境の向こう側にグループを送り込み、WhatsAppを通じて彼らをコントロールし、指示を出しました

ジャファル・パナヒ監督 Interview: Jafar Panahi on making ‘It Was Just an Accident’ after his yearslong ban on filmmaking from Iran – Golden Gate Xpress より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

自分自身はイラン国内にとどまったまま、インターネット通話アプリであるWhatsApp(ワッツアップ)を使い、リアルタイムでスタッフに遠隔指示を出したのである。これは、権力によって身体を閉じ込められても、表現の自由までは奪われないという監督の強い意志を示す手法だと言える。

インターネットを遮断して行われた秘密の編集作業

撮影だけでなく、編集作業も極秘で行われた。編集を担当したアミル・エトミナーンは、イラン国内の隠れ家で作業を進めたが、そこには大きな壁があった。イラン政府の厳しい監視システムである。

政府に検知されて映像編集ソフト(Adobe Premiere Pro)が強制停止されるのを防ぐため、彼はノートパソコンをインターネットから完全に切断した状態で作業を行った。

パソコンをインターネットに接続することは一度もありませんでした。もし接続していれば、Adobeのソフトウェアは動かなくなっていたでしょう。(中略)約2ヶ月間、再接続することはありませんでした

編集 アミル・エトミナーン How It Was Just An Accident was cut in secret, with no internet – TVBEurope より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

インターネットを使わず、外付けの記憶媒体(SSD)と確認用のテレビ画面だけを使い、孤独で緻密な編集作業をやり遂げた。

現実のイラン社会の投影:なぜこの映画は「車」や「荒野」ばかりなのか

ワヒドから拷問官を見つけたと告げられ、驚きと緊張で振り返るカメラマンのシヴァ
劇中でヒジャブを被らずに行動する女性たちの姿は、「女性・命・自由」運動など、抑圧に屈しない現在のイランの現実を色濃く反映している。
Image: IT WAS JUST AN ACCIDENT | Official Trailer | Now Streaming on MUBI / YouTube 2026年5月10日閲覧

車内という「安全地帯」を利用したゲリラ撮影

パナヒ監督の映画には、車で移動するシーンや、荒野のような人里離れた場所がよく登場する。これには、映画を作る環境による物理的な理由がある。街中で堂々とカメラを構えて撮影すれば、すぐに警察に見つかり逮捕されてしまうからだ。

映画を作ることを禁じられていたため、目立たない場所で仕事をする必要がありました。家に避難するか、外に出るならどうにかしてカメラを隠さなければなりませんでした。(中略)通りにカメラを持ち出せば、すぐに逮捕されてしまいます。ですから、このように(車内で)撮影することは、安全を守るための手段なのです

ジャファル・パナヒ監督 A Conversation with Jafar Panahi (IT WAS JUST AN ACCIDENT) – Hammer to Nail より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

車の中という「密室」を隠れ家として利用することで、警察の目を盗みながら撮影を行っていたのだ。もちろん、ただ隠れるためだけでなく、「街を移動しながら人を運ぶ」という映画のストーリーにも自然に合うように計算されている。

刑務所での実体験から生まれた「拷問官との遭遇」

映画の「かつての拷問官と偶然出会う」というストーリーは、パナヒ監督自身が刑務所にいたときの実体験から生まれている。2度目の投獄中、監督は様々な背景を持つ囚人たちと長い時間をかけて対話をした。

刑務所で出会った人の一人が出所し、自分を拷問し辱めた人物と対面したらどうなるだろうか、と自問したのです。この疑問がきっかけとなり、脚本家である2人の友人との執筆プロセスを引き起こしました

ジャファル・パナヒ監督 A Conversation with Jafar Panahi on “It Was Just an Accident ” より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

さらに、映画の中の会話をよりリアルにするため、実際に刑務所に長く入れられていたジャーナリストのメフディ・マフムディアンに協力を求めた(彼は再び収監されている※2026年2月時点)。彼から、刑務所の中で実際に起きていることや、釈放された後に人々がどう語るかを聞き取り、映画のセリフを作り上げていった。

ヒジャブを被らない女性たちと「女性・命・自由」運動

映画の中では、カメラマンのシヴァなど、強い意志を持つ女性キャラクターたちが、イスラム教の伝統的なスカーフであるヒジャブを被らずに行動している。これは、現在のイラン社会で実際に起きている大きな変化を映し出している。

2022年の秋、ヒジャブの着用をめぐって若い女性が亡くなった事件をきっかけに、イラン全土で「女性・命・自由(Woman, Life, Freedom)」という反体制デモが巻き起こった。

今日では、多くの女性がヒジャブを被らずに公の場に姿を見せているのがはっきりとわかります。そのような大規模な市民的不服従は、数年前には考えられなかったことです。しかし、ヒジャブを被らない女優たちとともに路上で撮影された映画のシーンは、今日の現実を反映しています

ジャファル・パナヒ監督 A Conversation with Jafar Panahi on “It Was Just an Accident ” より意訳・引用 2026年5月11日閲覧

抑圧に屈せず、命がけで自由を求めるイランの女性たちの勇気ある姿が、映画の登場人物たちに色濃く反映されている。

まとめ:映画作り自体が「権威主義への抵抗」である

表面的な理解では「自分が信じる映画」は撮れない

政府からどれほど厳しい弾圧を受けようとも、パナヒ監督はイラン国外へ逃れて映画を撮るという選択をしていない。それは、彼が映画作りにおいて「ただ映画を作ること」ではなく、「自分が信じ、望む映画を作ること」を最も重要な目標としているからだ。

海外へ移住して映画を撮る可能性について問われた際、監督は次のように語っている。

国外で創作活動をおこなうには、その土地や文化への何らかの理解と認識が不可欠ですし、それは表面的なものであってはなりません。わたしはこれまで何度も海外の映画祭を訪れましたが、いつもインタビューを受けて帰ってくるだけで、これらの場所への理解を深めることはできませんでした。もしわたしが国外で映画を作ったとしても、おそらく私が望むような映画にはならないでしょう。自分が十分に理解しているテーマに焦点を当てない限りは。

ジャファル・パナヒ監督 『シンプル・アクシデント/偶然』──何度も逮捕されているジャファル・パナヒ監督が、それでもイランで映画を作り続ける理由 | GQ JAPAN より引用 2026年5月11日閲覧

監督にとって、映画祭などで数日間訪れる程度の表面的な理解しかない土地では、真に迫る映画を作ることはできない。彼が描きたいのは、自分が深く理解しているイラン社会の現実や、そこで生きる人々の抱える問題なのだ。

わたしの目標はイランを永久に離れて国外で映画を作ることではありません。わたしがやりたいのはただ映画を作ることではなく、私が信じ、望む映画を作ることです。わたしはつねに自分が身を置く環境からインスパイアされた映画を作ってきました。ですからイランで映画を撮り続ける以外に考えられないのです。

ジャファル・パナヒ監督 『シンプル・アクシデント/偶然』──何度も逮捕されているジャファル・パナヒ監督が、それでもイランで映画を作り続ける理由 | GQ JAPAN より引用 2026年5月11日閲覧

投獄や映画制作の禁止という危険を背負ってでも、自らの生まれ育った環境にとどまり、信じる映画を作り続けること。その揺るぎない覚悟と執念こそが、権威主義に対する最大の抵抗であり、彼の作品が世界中の人々の心を打つ理由だ。