Image: Clayface | Get Tickets Now / YouTube 2026年10月26日閲覧 CGに頼らず2時間の特殊メイクで仕上げられたクレイフェイス。(© DC Studios. All Rights Reserved.)
映画『クレイフェイス』は、顔を切り刻まれてスターの地位を失った若手俳優が、泥の怪物へと変貌し復讐を果たすボディホラー作品だ。CG特撮に頼らず実物撮影にこだわった本作の舞台裏では、主演俳優の鬼気迫る執念と制作陣の破天荒なアイデアが交錯していた。極限の苦痛に耐え抜いたキャストと監督が明かす、衝撃シーンの知られざる撮影秘話に迫る。
【劇中ネタバレ】 本記事は、映画『クレイフェイス』の具体的な劇中シーン(ナイトクラブでの惨劇、機内での演出、未公開のカメオ出演など)の撮影裏話を含みます。日本公開前(10月30日公開)で事前情報を避けたい方は閲覧にご注意ください。
靭帯が切れたまま車にはねられた!主演トム・リース・ハリーズが隠し通した狂気のスタント
現代のアメコミ映画においてVFXやCG合成が主流となる中、本作の現場では信じがたい肉体的な試練が繰り広げられていた。主演のトム・リース・ハリーズはBrandon Davisのインタビューで、撮影の約6ヶ月前にサッカーで膝の前十字靭帯(ACL)を断裂していたが、手術を受ける間もないまま全編の撮影に挑んだことを明かした。
ハリーズは同取材で、イギリス・リバプールで行われた深夜2時のロケ撮影ではドローンカメラの下でひたすら疾走し、車にはねられるスタント撮影の際にはスタントコーディネーターのジミーに対し「膝の靭帯がないから頼むから内緒にしてくれ」と直訴して危険な撮影を乗り切ったと振り返っている。
ジェームズ・ワトキンス監督はプレミア上映の挨拶において「トムは自身の心、魂、そして断裂した膝をこの映画に捧げた」と絶賛しており、劇中で主人公マットが見せる足を引きずるリアルな痛みの演技の一部は、実際の肉体ダメージによるものだった。

手作りジンバルと巨大な目玉模型!「まぶた切断」の泥臭い実写と消えたアーロン・ポール
Image: Tom Rhys Harries & James Watkins Break Down a Scene from ‘Clayface’ / YouTube 2026年10月26日閲覧 アップ画面用に制作された胴体サイズの巨大目玉模型。各種ハサミと義体プロステティクスを組み合わせたアナログ撮影の舞台裏。
観客を最も恐怖させた飛行機のトイレにおける「まぶた切断」のシーンは、極めてアナログな手法で生み出された。ワトキンス監督やハリーズがEntertainment WeeklyやFandangoの取材で語ったところによると、このシーンはハイテクな自動装置ではなく、スタッフ数名がセットを手動で激しく揺らす手作りジンバルの中で撮影された。先端を丸めたもの、ゴム製、本物の金属製の3種類のハサミと保護コンタクトレンズが用意され、ハリーズが特殊メイクの肌を自ら指やハサミで切り刻む実像撮影が敢行された。さらに寄りのアップ画面用には、ハリーズの胴体ほど巨大な顔とそれに見合うハサミの模型まで作られて撮影に用いられた。
また、映画の終盤には豪華な未公開エピソードが隠されている。ワトキンス監督はEntertainment Weeklyの取材に対し、終盤のナイトクラブ戦でマットが一瞬だけ敵を父親の姿に変身させて倒すシーンにアーロン・ポールがカメオ出演している経緯を明かしている。当初は虐待を行う父親役として数日間にわたり回想シーンが撮影されていたが、物語のテーマを「父親の因果」から「より普遍的な復讐劇」へと研ぎ澄ますために回想が丸ごとカットされた。

腕が鉄球に変形し親友を呑み込む!『Pink Floyd』が授けたナイトクラブ惨劇の演出美
映画のクライマックスとなるナイトクラブ「Vesuvius」の惨劇では、マットが暗い歓喜とともに変身能力を全開にし、腕をトゲ付きの鉄球(メイス)に変身させてマフィアの顔面を粉砕する過激なアクションが展開される。
ワトキンス監督はBrandon Davisのインタビューにて、抱きしめるフリをして親友コーリーを自身の胸の粘土に取り込み窒息死させる演出について、ロックバンドPink Floydの映画『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(1982)におけるアニメーションの造形から着想を得ており、観客の生理的嫌悪感やトラウマを刺激しながらキャラクターの悲哀や狂気を描いたと告白している。
ワトキンス監督は同インタビューで、この擬態アクションを撮影するため、ハリーズと共演キャストが互いの立ち振る舞いや癖を徹底的に観察し合い、ハイスピードカメラ「Phantom」と分割画面技術を組み合わせて撮影したと説明している。特撮やデジタル処理に浸食された現代の映画界において、演者の身体性と古典的な撮影手法への徹底したこだわりが、画面に忘れがたい生々しさを刻み込んでいる。








