Image: Boys Go to Jupiter – Official Trailer (2025) Cole Escola, Janeane Garofalo, Elsie Fisher / YouTube 2026年5月21日閲覧 ポップな映像とローファイな音楽が見事に融合した『ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター』。
アニメーション映画『ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター(Boys Go to Jupiter)』は、ポップで奇抜な映像スタイルが特徴だが、それと見事に連動している「音楽」も作品の重要な要素だ。どこか懐かしく、そして少し不思議な音楽は、登場人物の内面や映画のテーマを観客に伝える役割を果たしている。本記事では、この映画を彩る劇中歌やサウンドトラックの裏側を深掘りし、そこに込められた意味を解説する。
サウンドトラックのコンセプト:ノスタルジーと焦燥感
「16歳の少年がガレージで作った」ローファイサウンド
Image: Boys Go to Jupiter – Official Trailer (2025) Cole Escola, Janeane Garofalo, Elsie Fisher / YouTube 2026年5月21日閲覧 もし主人公のビリーがガレージで作ったら?という発想から生まれたDIY感溢れるサウンド。
本作のサウンドトラックと劇中歌は、監督のジュリアン・グランダー自身が作詞・作曲を手掛けている。彼が音楽を作るうえで基準としたのは、「もし主人公の16歳の少年ビリーが、フロリダのガレージにあるノートパソコンで音楽を作ったら、どんな音になるか」という問いだった。
監督は、自分がその年齢の時に聴いていた音楽を思い出しながら曲作りを進めた。その結果、手作り感(DIY感)のあるドラムマシンや、少し荒削りなギター、そしてファジー(ぼやけたような音)なシンセサイザーを使った音楽が完成した。これは「ベッドルーム・ポップ(自分の部屋で作ったような手作り感のある音楽)」や「シューゲイザー(ギターのノイズに埋もれるように歌う音楽)」と呼ばれるような、あえて洗練されすぎていないローファイなサウンドのアプローチである。
この音楽の方向性について、監督はインタビューで次のように語っている。
映画の音全体のパレットは、まるで16歳の少年がフロリダのガレージで作ったかのような、DIY感溢れるドラムマシン、シンセサイザー、そして荒削りなギターサウンドで構成されています。
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー Glasgow Film Festival Interview: Julian Glander discusses the process of making his first feature, Boys Go To Jupiter – Culturefly より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
遠ざかる「アイスクリーム・トラック」の音響テーマ
Image: Boys Go to Jupiter – Official Trailer (2025) Cole Escola, Janeane Garofalo, Elsie Fisher / YouTube 2026年5月21日閲覧 遠ざかるアイスクリーム・トラックの音は、手の届かない「子供時代」や若者の焦燥感を表現している。
映画全体の音響のイメージとして、監督は「遠くから聞こえてくるアイスクリーム・トラックのベルの音」を挙げている。
映画全体を包み込むこのかすかでぼやけたような音は、単なる演出ではない。歪んだスピーカーから聞こえる遠くのベルの音を追いかけるような感覚は、「手の届かないところへ逃げていく子供時代」や、「何かを焦って追いかけている感覚」を表現している。主人公ビリーが抱える、若者特有の不安や焦燥感が、この音響テーマによって見事に描かれている。
監督は、この音のイメージに込めた意図を次のように説明している。
物語の夢のような性質や、記憶のような性質を強調するために、サウンドトラックはかすみがかった遠くの音質を持ち、柔らかいベルの音を多く使っています。私には、それがどんどん遠ざかっていくアイスクリーム・トラックの音のように聞こえるのです
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー Julian Glander Breaks Down A Key Scene From ‘Boys Go to Jupiter’ より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
なぜミュージカルなのか?劇中歌が果たす2つの演出効果
キャラクターの「内面」を視覚化するミュージックビデオ空間
Image: Boys Go to Jupiter – Official Trailer (2025) Cole Escola, Janeane Garofalo, Elsie Fisher / YouTube 2026年5月21日閲覧 キャラクターたちの複雑な内面や迷いは、「ミュージックビデオ」のような空間でこそ表現される。
本作では、キャラクターたちが突然歌い出すミュージカルの形式がとられている。監督はこの手法を、キャラクターが現実世界から離れ、まるで「ミュージックビデオ」のような空間に入り込むための装置として利用している。これにより、言葉や行動だけでは表しきれない彼らの内面(複雑な感情や迷い)を、観客に直接伝えることができるからだ。
また、劇中歌は物語のペースを調整する役割も担っている。物語の展開が早すぎると感じたときに音楽を挟むことで、状況を落ち着かせる「チャプターヘッダー」として機能しているのだ。
監督は、このミュージカルという形式について次のように語っている。
ミュージカルというフォーマットが大好きです。最も主流な映画ジャンルのひとつでありながら、キャラクターが世界から離れてミュージックビデオに入り込み、他の方法では不可能な形で内なる思考を観客に伝えることができる点が、広く受け入れられているからです。(中略)アクションが早すぎると感じた時、ただ状況を落ち着かせたかったのです
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー “Boys Go to Jupiter,” 366 Weird Movies goes to Julian Glander for an Interview – YouTube より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
「アニメ声」禁止令と、シュールレアリズムの魔法
Image: Boys Go to Jupiter – Official Trailer (2025) Cole Escola, Janeane Garofalo, Elsie Fisher / YouTube 2026年5月21日閲覧 シュールな映像に対し、声優陣はあえて「地声」で歌うことでリアルな感情を吹き込んでいる。
ミュージカルのシーンでは、巨大な卵が飛んだり、キャラクターが変身したりといった現実離れしたシュールな演出が展開される。監督は、ミュージカルという形式であれば、こうした非現実的な出来事であっても観客がすんなりと受け入れてくれると計算していた。
さらに、奇抜な映像の中にリアルな「感情的な真実」を持たせるため、監督は声優陣に対して「アニメ声(大げさに作られた声)」を禁じ、「地声(自然な声)」で歌うよう指示を出している。あえてドキュメンタリーのような自然な声を組み合わせることで、作品に独特の説得力を生み出しているのである。
この演出の狙いや声優へのディレクションについて、監督はインタビューで以下のように明かしている。
声の演技や歌において、私が唯一出した指示は、キャストに自分らしく、自然な声を使ってもらい、より自然主義的なサウンドを目指すことでした
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー Interview: Julian Glander on “Boys Go to Jupiter” より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
【楽曲別】劇中歌の徹底解説と制作秘話
「Egg Song(卵の歌)」:お金の対極にある“ケア”の象徴
劇中で主人公の友人であるフレックルズ(声:グレース・クーレンシュミット、日本語キャラクター名はソバカス)がマイクに向かって絶叫するように歌うのが、観客からの検索需要も高い「Egg Song(卵の歌)」である。
この曲は、映画の核となるテーマを表現している。監督は「卵」について、手に入らない抽象的な「お金」の対極にあるものだと位置づけている。卵は生命の源であり、栄養を与える実体的でリアルな「ケアの象徴」として描かれているのだ。
この楽曲の制作には面白い裏話がある。監督は当初、ダニエル・ジョンストンのようなアコースティックギター弾き語りの曲を想定し、卵についての自由連想の歌を作ろうとしていた。しかし、声優のグレースが「このキャラクターならマシンガン・ケリーのような音楽が好きなのではないか」と提案したことで方向性が変わった。その結果、どんどんテンションを上げて絶叫するような、ワイルドなポップパンクの楽曲へと変更されたのである。
彼女が絶叫するような、ポップパンク風の『Egg Song』になりました。劇場を出る人たちに最も大きな印象を残しているようで、みんな帰り道にこの歌を聴いているみたいです
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー “Don’t Change the Ending”: Julian Glander on Making – Knotfest より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
「No Batteries」:ギグワーカーのリアルな疲弊と不安
「No Batteries」は、夜の空になったプールサイドで主人公のビリー・5000(声:ジャック・コーベット)が歌う楽曲である。
この曲の歌詞には、「フロリダの夜は美しい」「時々この場所が僕を殺そうとしている気がする」「すべてを知っていると思っていたのに、ただ5,000ドルと睡眠が必要なだけだ」といった、若者の不安や焦りがストレートに表現されている。ギグエコノミーの中で働き、疲弊していく少年のリアルな心情が胸を打つ楽曲となっている。
「Winter Citrus」:ディズニープリンセスのパロディ
「Winter Citrus」は、ジュース工場の令嬢であるローズバッド(声:ミヤ・フォリック)が劇中で2回歌う、美しくもどこか不気味なバラードである。
ローズバッドの周りには、ディズニープリンセスのパロディのように常に蜂が飛んでいるという設定がある。この設定に合わせて、楽曲の中には蜂の羽音を連想させるような「ブーン」というシンセサイザーの音が組み込まれており、映像と連動した緻密なサウンドデザインが施されている。
ミア・フォリックがこの歌を歌うのですが、彼女の周りを飛んでいる蜂に呼応するように、ブーンというシンセサイザーの音が入っています。そして、彼女が大きくて響きの良い工場にいるため、その下にはインダストリアルなビートが流れているのです
監督/製作/脚本/音楽 ジュリアン・グランダー “Boys Go to Jupiter,” 366 Weird Movies goes to Julian Glander for an Interview – YouTube より意訳・引用 2026年5月21日閲覧
ゴミ収集車の歌からフリークジャズまで
映画内には他にも印象的な楽曲が散りばめられている。ビリーがただお使い(配達)をすることへの気にならなさを歌った曲や、「ゴミ収集車の歌」など、日常の不条理を切り取った楽曲が登場する。
さらに、「もし君がフリークジャズに詳しければ分かるはずなのに(If you were into Freak Jazz, you’d know)」というタイトルの、自意識過剰で皮肉めいた自己言及的なトラックも含まれている。
まとめ:映画のテーマを補完する不可欠な要素
映画『ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター』の音楽は、キャラクターが言葉にできない心情を代弁し、資本主義や過酷な労働、そして「子供時代の終わり」という映画の深いテーマを補完する不可欠な要素だ。監督が自ら手作りで生み出したローファイなサウンドは、フロリダのパステルカラーの風景と見事に溶け合っている。










