Image: SIRAT – Making The Sound / YouTube 2026年6月5日閲覧 大自然の砂漠にそびえ立つ、巨大なサウンドシステム。(YouTube公式予告編より引用 / © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U., FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L., 4A4 PRODUCTIONS)
映画『シラート』を鑑賞した多くの人が、真っ先に圧倒されるのがその「音」。過酷な砂漠の映像とともに鳴り響く強烈なテクノミュージックや、空間全体を包み込むようなサウンドデザインは、単なる背景音楽の枠を超え、映画の重要な要素として機能している。本記事では、この特異なサウンドトラックは一体誰が手がけたのか、そして緻密に構築された音響が物語の中で何を意味しているのかを徹底的に考察していく。
映画『シラート』の強烈な音楽・サウンドトラックは誰が手がけたのか?
作曲者Kangding Ray(カンディング・レイ)の正体と、異例の映画音楽
本作の印象的な音楽を作曲したのは、フランス出身で現在はドイツのベルリンを拠点に活動しているエレクトロニック・ミュージシャンでありDJのKangding Ray(カンディング・レイ、本名:David Letellier)。音楽メディア「Red Bull Music Academy」のインタビュー記事によると、彼は元々建築家としてのバックグラウンドを持っているが、その後エクスペリメンタル音楽やテクノのシーンで活躍するようになったという。彼の生み出す前衛的で重厚な音の風景、サウンドスケープは、これまでも高く評価されてきた。
『シラート』の音楽は映画界でも大きな話題を呼んでおり、カンヌ国際映画祭ではサウンドトラック賞を見事に受賞した。さらに、米アカデミー賞の作曲賞ショートリストにも選出されるなど、普段はクラブミュージックの領域で活動するアーティストが劇伴作曲家としてこれほど異例の注目を集める結果となっている。
サントラ音源はレコード(LP)やアナログ盤で手に入るのか?
映画を観て、その強烈な音楽を物理的な音源として手元に置きたいと考えた人も多いだろう。このサウンドトラックのリリース状況について、カンディング・レイはフランスの雑誌「Mixte Magazine」のインタビューで詳細を明かしている。それによると、本作のサウンドトラックは、イギリスのバンドであるPortishead(ポーティスヘッド)のGeoff Barrow(ジェフ・バーロウ)が設立したインディペンデント・レーベル「Invada Records」からリリースされるという。
また、同インタビューで彼は、デジタル配信だけでなく、レコード(アナログ盤)としてのリリースも予定していると語っている。これは、映画の音響や音楽の質感にこだわるファンにとって、所有欲を十分に満たしてくれるアイテムとなるはずだ。※2026年3月20日から日本でも販売されている。
なぜ実験的な電子音楽家が起用され、劇中にレイヴ音楽が流れるのか?
カンディング・レイが映画音楽に抜擢された理由と制作の裏側
オリベル・ラシェ監督がカンディング・レイを映画音楽に抜擢した背景には、アーティストの過去の作品への強い共鳴があった。米国の映画サイト「Hammer to Nail」のインタビュー記事によると、監督はカンディング・レイが2014年に発表したアルバム『Solens Arc』、とりわけその収録曲である「Amber Decay」が持つ、ざらついたアナログ感やダークな音色に強く惹かれ、彼に直接オファーを出したという。
通常の映画制作では、映像が撮影・編集された後に音楽を合わせる手法が一般的だが、本作では全く異なるプロセスが採られた。同メディアに対するカンディング・レイの発言によれば、映画の撮影が始まる1年半も前から、2人はベルリンで一緒に音楽を聴きながら作品のコンセプトを深く練り上げていった。その結果、撮影が開始される時点ですでに音楽の80%が完成しており、本作において何よりも音楽が重要であったことがわかる。
劇中の特異な「レイヴ音楽」がもたらす意味と、演出の動機
Image: SIRĀT – Official Trailer – In Select Theaters February 6 / YouTube 2026年6月5日閲覧 単なる娯楽ではなく、現代の儀式(祈り)として無心で踊るレイヴァーたち。(YouTube公式予告編より引用 / © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U., FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L., 4A4 PRODUCTIONS)
劇中で登場人物たちが身を投じるレイヴパーティは、単なる娯楽や現実逃避の場としては描かれていない。エンタメニュースサイト「TheWrap」のインタビューによると、ラシェ監督はレイヴという空間を「数千年前から人間が身体を使って行ってきた祈りやカタルシス」の記憶を呼び覚ますための、現代の儀式(セレモニー)として位置づけている。
社会の周縁で生きるキャラクターたちは、砂漠で鳴り響く反復するビートと重低音に身を委ねる。[Guardian]のインタビューで監督が説明しているように、彼らは無心で踊ることで自身の内面にある「傷」と向き合い、エゴを極限まで削ぎ落としていく。その結果として、彼らは他者との精神的な連帯や救済を見出していく。極限状況のなかでレイヴ音楽が流れるのは、登場人物たち、そして観客自身に深い精神的な体験を促すための意図的な演出だと言える。
Dolby Atmosとスピーカーが作り出す「音響的没入感」の真のテーマ
空間を制圧する音響デザイン:「シラートの橋」との結びつき
Dolby Atmosの技術を活用した立体的な音響空間は、本作のテーマを体感させるための重要な要素として機能している。「Dolby」公式のポッドキャスト番組において、サウンドデザイナーのライア・カサノバスは、Dolby Atmosの没入感を最大限に爆発させ、観客を映画の中へと引き込むシネマティックなサウンドを構築したと語っている。
また、過酷な砂漠の風や砂の摩擦音といった有機的な環境音と、テクノ音楽の境界線は意図的に曖昧にされている。映画・テレビの賞レース情報サイト「Awards Radar」のインタビュー記事によれば、カサノバスは音楽と環境音を区別できないように融合させることで、観客を魅了するバランスを追求したという。さらに、米メディア「IndieWire」のインタビュー記事によると、終盤の非現実的な空間(心象風景)を演出するために、あえてアイスランドで録音された低周波の風の音が使用された。こうした緻密な音響アプローチは、現実と非現実の狭間である「シラートの橋」を渡るようなヒリヒリとした緊張感を、空間全体で表現するための意図的な仕掛けだった。
解体されていく電子音が表現する「死と再生」のメッセージ
また、音楽そのものも物語の進行に合わせてその姿を変えていく。オンライン映画誌「In Review Online」のインタビューにおいて、オリベル・ラシェ監督は、音楽が序盤の暴力的で肉体的なテクノから、次第に形を持たないアンビエントで神聖な音響へと「非物質化(dematerialize)」されていく構造になっていると明かしている。
この音楽的な崩壊と昇華は、キャラクターたちが過酷な運命の中で自我(エゴ)を手放し、不条理な世界に身を委ねていく「死と再生」のプロセスと完全にシンクロしている。冷徹に響く電子音の解体は、映画の裏のテーマを音という形で伝えている。
『シラート』の音楽と音響が観客に突きつける「体感」の真実
これまでの考察からわかるように、本作の音響と音楽は単にシーンを盛り上げるためのBGMや装飾ではない。カナダの映画関連チャンネル「Cineplex Movies」のインタビュー動画などでオリベル・ラシェ監督が繰り返し述べているように、本作の音響演出の目的は、観客の「頭(理性)」を強制的にノックアウトすることにある。それは、頭で考えるのではなく、皮膚や内臓といった身体を通して、映画の振動を直接的に感じさせるという、緻密に計算された「音響的身体表現」だ。
異例のテクノアーティスト起用、現代の儀式としてのレイヴ音楽の文脈、そして空間を制圧する音響デザイン。これらすべての要素は、映画の中で一本の線で繋がっている。米メディア「IndieWire」のポッドキャスト番組において監督が語るところによれば、観客自身に「生と死の境界線(シラート)」を疑似体験させることこそが、圧倒的な没入感の正体であり、この映画における真の意図であった。音楽や音響がストーリーテリングと同等以上の役割を果たしているというその真意に気づいたとき、私たちはただの映画鑑賞を超えた、劇場での強烈な体験の全貌に深く納得する。


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